アーソレーネ -モテるミュシャ学 -

大盛況中の新国立劇場の「ミュシャ展」(2017.3.8-6.5)で使えるミュシャ作品を知ったかぶりできるまめ知識集

「スラヴ叙事詩-ヴィトコフの戦いの後ー -神への感謝の祈り-」をさらっと知ったかぶる

 

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スラヴ叙事詩-ヴィトコフの戦いの後ー

 -神への感謝の祈り

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1916年 | 602×405cm | 油彩・テンペラ・画布

■(モテるためならこれだけでOK) 3つの知ったかポイント

1.戦いの後の荘厳なミサの様子

2.中央右には指揮官のヤン・ジシュカ

3.右下の乳児を抱く女性は被災し束の間の勝利を疑う女性

(次の作品に移動しつつボソッと付け足して知ったかぶるための)補足説明

1.戦いの後の荘厳なミサの様子

ヴィトコフはプラハに通じる道の要塞の名です。その場所へジギスムント率いる異端十字軍10万の兵が攻めてきた時、ヤン・ジジュカ率いる農兵8千は奇襲作戦を敢行し見事に追い払うことに成功しました。この絵はその戦闘直後の様子を描いてます。

2.中央右には指揮官のヤン・ジシュカ

画面中央右の光の中に指揮官のヤン・ジシュカが立っています。その足元には幾多の戦利品が散らばり、戦いの規模とその結果を示しています。この戦いの後ヴィトコフはジシュコフと名をかえ、ジシュコフの地には戦いを記念して巨大なヤン・ジシュカの像が建てられたといいます。

3.右下の乳児を抱く女性は被災し束の間の勝利を疑う女性

 ヴィトコフで戦った兵8千はヤン・フスの処刑により奮起した付近の農民たちでした。10万の異端十字軍を退けた彼らの心境は右下の女性にもっとも強く現れ、戦いの虚しさと束の間の勝利に対する疑念の目そして、抱いている乳児(生死が不明)の存在が全てを語っています。

 

ちなみに今回の「ヴィトコフの戦いの後」に出てきた乳児を抱く女性はミュシャがスラブ叙事詩を製作したズビロフ城に、そのポーズモデルをした女性の写真が全く同じ服、同じポーズのまま今も残っています。

 

以上、

「スラヴ叙事詩-ヴィトコフの戦いの後ー -神への感謝の祈り-」をさらっと知ったかぶる為の3つのポイントでした。

なお、上記知ったかポイントは数ある通説や解説の一説です。美術に詳しい方にギュッと詰め寄られたら、「そういう見解もあるんですね!勉強になります!」とするっとかわしましょう w

それでは楽しいミュシャライフを!