アーソレーネ -モテるミュシャ学 -

大盛況中の新国立劇場の「ミュシャ展」(2017.3.8-6.5)で使えるミュシャ作品を知ったかぶりできるまめ知識集

「スラヴ叙事詩--民族の教師 ヤン アーモス コメンスキー -希望の光-」をさらっと知ったかぶる

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スラヴ叙事詩-民族の教師 ヤン アーモス コメンスキー

 -希望の光

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1918年 | 602×405cm | 油彩・テンペラ・画布

■(モテるためならこれだけでOK) 3つの知ったかポイント

1.右奥手で椅子に座っているのがコメンスキー

2.オランダ ナールデンの海岸で彼の死を悲しんだ同士が集まっている

3.コメンスキーは近代の学校教育その仕組みの生みの親とされている

(次の作品に移動しつつボソッと付け足して知ったかぶるための)補足説明

1.右奥手で椅子に座っているのがコメンスキー

 チェコ義教団の精神的指導者であり、教育の重要性を説き、改革的教育を進めたのがコメンスキーです。しかし非カトリック追放令により多くの宗教者、科学者、知識人が亡命を迫られました。コメンスキーもそんな追放された一人です。

2.オランダ ナールデンの海岸で彼の死を悲しんだ同士が集まっている

ボヘミアから追放されたコメンスキーはその後オランダナールデンへと流れていきます。そしてナールデンで亡命者たちが母国へと戻れる日を願いつつその最後を迎えました。画面中央のランタンはそんなコメンスキーが最後まで願った「希望の光」を示しています。

3.コメンスキーは近代の学校教育その仕組みの生みの親とされている

 

「知識をすべての人が共有する」仕組み、その体現を形にし、後世に流れる道となったのが学校教育であり、教科書などです。教育の礎を築いたコメンスキーはその名前こそ世にほとんど知られていませんが、 現代のほぼすべての人の教育の祖であることは間違い無いでしょう。

 

ちなみにスラブ叙事詩は、全作品が完成した後プラハの美術館へと常設展示される予定でした。しかしあまりに大きくそして20枚という枚数。また、国の情勢や政治的なゴタゴタがあったため2012年にプラハ国立美術館に移されるまではチェコの古城にてひっそりと展示されているだけであった。

 

以上、

「スラヴ叙事詩--民族の教師 ヤン アーモス コメンスキー -希望の光-」をさらっと知ったかぶる為の3つのポイントでした。

なお、上記知ったかポイントは数ある通説や解説の一説です。美術に詳しい方にギュッと詰め寄られたら、「そういう見解もあるんですね!勉強になります!」とするっとかわしましょう w

それでは楽しいミュシャライフを!