アーソレーネ -モテるミュシャ学 -

大盛況中の新国立劇場の「ミュシャ展」(2017.3.8-6.5)で使えるミュシャ作品を知ったかぶりできるまめ知識集

「イヴァンチッツェの地方祭」をさらっと知ったかぶる

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イヴァンチッツェの地方祭
1912年 | カラーリトグラフ | 93cm×59cm

■(モテるためならこれだけでOK) 3つの知ったかポイント

1.ミュシャの生まれた村の地方祭(物産展)のポスター

2.イヴァンチッツェの特徴である、教会、ツバメ、紋章が揃っている。

3.実は企画倒れした地方祭で、実際には開催されなかった。

(次の作品に移動しつつボソッと付け足して知ったかぶるための)補足説明

1.ミュシャの生まれた村の地方祭(物産展)のポスター

ミュシャはパリでの華々しい成功の後、アメリカに渡り、スラブ叙事詩パトロンを見つけると、チェコに戻りズビロフ城を活動拠点とします。ミュシャチェコ時代と呼ばれるこの時代でミュシャは発展途上のチェコの為、公共製作物などを無償で製作しており、このポスターもその中の一点となります。

2.イヴァンチッツェの特徴である、教会、ツバメ、紋章が揃っている。

ミュシャはこのほかにもイヴァンチッツェをテーマにした作品を描く時には必ず、教会を、そしてツバメや紋章をセットにして描いています。

「スラヴ叙事詩ーイヴァンチッツェのモラヴィア兄弟団学校」をさらっと知ったかぶる

「イヴァンチッツェの思い出」をさらっと知ったかぶる

3.実は企画倒れした地方祭で、実際には開催されなかった。

ミュシャは故郷のため、新生チェコスロバキアのために多くの公共事業のデザインを請けおったが、国が誕生した直後のゴタゴタや多くの諸事業が重なり、せっかくのポスターが本来の目的に使われることはなかった。

 

ちなみに二人の少女が着ている特徴的な衣装は、スラブ民族の民族衣装で、繊細かつ装飾的な刺繍が施されており、この民族衣装のデザインこそ、パリ時代のアールヌーボーの作品、ミュシャ様式の根幹になったとも言われています。

 

以上、

「イヴァンチッツェの地方祭」をさらっと知ったかぶる為の3つのポイントでした。

なお、上記知ったかポイントは数ある通説や解説の一説です。美術に詳しい方にギュッと詰め寄られたら、「そういう見解もあるんですね!勉強になります!」とするっとかわしましょう w

それでは楽しいミュシャライフを!